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Cuando no me quieras 俺が嫌いになったら
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私が日本で最後に映画を見たのは「ET」だった。
当時ですら映画はもう斜陽産業と言われて久しかったが、最近はどうなっているのだろう。
だが、多くの娯楽が登場した今日、その中心的存在でないことは確かなようだ。
「ET」を見た頃メキシコにやってきたが、こちらでは非常に多くの人が映画をしばしば見るのに驚いたものだ。
当時はテレビのない家庭も珍しくない頃であり、ディスコやゲームセンター等も極めて少なかった、だから映画が娯楽の主役の座にいるんだなと変に納得していたものだった。
映 画
それから十数年、経済は自由化され、ありとあらゆるものを市場で見ることができるようになった。
娯楽も同様だ、数の大小は別にして、Hard Rockからゲームセンターまでアメリカのテレビに出てきてここで見られないものはまずない。
だがしかし映画の人気はいっこうに衰えない、いや衰えぬどころかこの数年大型映画館が登場してきているのだ。
もともと6軒ほどの映画館があり70万都市には多すぎると思っていたのが、10室以上の映写室を持つところが新たに3館も出来た。
これは外環状沿いに3年ほど前出来た最大最新の映画館で定員250人規模の映写室を14室備えている。
駐車スペースは約500台収容可能。 道路沿いに上映中の14本の映画の広告塔が立っている。
入場料は子供とお年寄りが200円、一般が250円と日本では信じられない安さだ。
入場券売り場の上に、バスのダイヤよろしく上映時間表が掲示されている。
殆どがアメリカ映画で本場とほぼ同時に見ることができる。
映画のタイトルのあとにはAからCの記号が付いていて、子供達が見ても差し支えないかどうか分かるようになっている。
ちなみにテレビ映画の場合も同様である。
カソリックの国の所為か社会主義国の所為かポルノまがいのものは上映されない。
タイトルは当然スペイン語になっているが、吹き替えは殆どなく字幕がスペイン語で表示される。
私のスペイン語力では字幕は読み切れないうちに変わってしまうし、さりとて英語も聞き取れないないので混み入ったストーリーのものは訳が分からぬうちに終ってしまう。
映画が始まるのはどこの映画館も大体同じで午後4時前後だ、そして最終回は10時頃から始まるので終わりは12時をまわる。
広告塔には部屋番号と映画のタイトルが表示される。
人気映画の場合は複数の部屋で上映され、例えばタイタニックは4室で夫々違った時間に上映されていた。
勿論お目当ての映画があってくる人が多いであろうが、とにかく来たその時間に上映されているものを見るということもできるのが、この大型館のメリットのひとつだ。
中に入るとサロンがあって売店、バー、軽食用のテーブルがあり上映迄の時間待ちや待ち合わせに使われる。
売店では映画鑑賞にはつきもののポップコーンやジュース類が売られている。 入場料が安いのと裏腹に町中の2倍はする。 ジャンボサイズのポップコーンが子供入場料の2倍なのだ。
驚くのは値段だけではなくポップコーンのサイズもだ、右端のコップが400ml入りだから左端のポップコーンがいかに大きいか分かる。
入場券には部屋番号が記されているが、何せ14室もあるので係りの人が入り口迄案内してくれる。
室内は撮影禁止で御紹介出来ないが、250席ほどの広さで各シートは足が組めるほどゆったりしていて、若干ではあるがリクライニングも出来る。
ここ迄は居心地がいいのだが、悪いのは客の中に赤ん坊や小さな子供を連れてくるのがいることだ。
運悪くこういうのが隣に座るといい迷惑だ、さすがに赤ん坊が泣き出すと部屋から連れ出すが、映画に興味のない子供が席を立ったりまた戻ったり、中には通路を這い回るのがいたりしても親が制止しないのだ。
感心するのは他の客も嫌な顔をしないことだ。 私等はいやでシーっと言ったり、たまには意地悪く足を引っ掛けたりするのだが、平気な顔をして映画に没頭している。
何ごとも家族総出で動き回るのと他人のことは気にしないし干渉もしない習慣の所為だろうか。
話はそれるが、教会の結婚式や葬儀でも同じような場面に良く遭遇する。
見終わって部屋から出る時は他の部屋に入れないように隔離された場所に出るようになっている。
この仕組みはいいのだが、出たところがいきなり駐車場だったり、専用通路であっても殺風景で入る時の華やいだ雰囲気はなく、映画の余韻はスっと醒めてしまい、見終わった客には用はないと言わんばかりなのが残念だ。
案外こういうところが古くからある映画館が生き延びていられる要因のひとつかも知れないと思ったりもする。
さて、このように多くの映画館が潰れることもなくやっていけるのはそれなりの客がいると言うことで、客席あたりの映画人口は日本の数倍はするだろう。
だからこの国で映画は大衆娯楽のトップにいるかと言われると、私はにわかにはウンと言えない。
ひとつには入場料が安いとは言ってもそれは日本的感覚であって、ここでは昼の軽食程度の値段に相当することを思えば、誰でもが気軽に楽しめるとは言えないのではないだろうか。
まして、その2倍もするポップコーンが食べられる人を「大衆」の範疇に入れて良いものだろうかとも思う。
そもそも日本で「大衆」と言えば大凡のイメージが沸くが、ここにはそういう一言で括れる層がないと言うことではないかと思う。