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♪♪Usted あなた♪♪
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 私は音楽嫌いではない、むしろ好きな方だ。 でもそれは私にとって、何かをしている頭の周りでウヮンウヮンと鳴っているものなのであって、きちんとお椅子に座って身じろぎもせず聴くものではない。
 そんな訳で、日本に居る時コンサートには義理と付き合いで数える程しか行ったことがなかった。
 日本では、ロックコンサートを除きナマのバンドが演奏すると、その場にいる人はコンサート会場にいる時のように身構えるように見える。
コンサート  でも、メキシコでは、誕生パーティーにマリアッチを入れたり、所謂ちゃんとしたレストランでなくとも、一杯飯屋のようなとこでもトリオが来たりする。
 そこではバンドにあわせて踊ったり歌ったりする人もいれば、全く無関心に食べたり飲んだり喋ったりしている人もいる。
 なまバンドとオーディオから流れて来るものとの差と言ったら、リクエストができるかどうかぐらいだ。
 そんな私向きの環境の所為か、コンサートなるものの存在をすっかり忘れていた。

 そんなある日、我が家の庭の手入れや洗車をはじめ、ちょっとした家具の修理等よろずやってくれる青年から、近くの大学で無料コンサートがあるから行こうと誘いがかかった。
 彼が仕事しながら、中古のポータブルラジオから好んで流している曲からすると、コンサートという言葉はしっくり来なかったが、これは日本語でいうところのコンサートをイメージするからであって、民謡大会でもスペイン語に訳せばコンシエルトなのだと納得した。
 ちなみに、こちらでもインターナショナルな曲は良く流されるが、概していえば、地元の伝統的な曲がより好まれているようだ。
 何のコンサートと聞けば、今日はトリオだという。 大学で、無料で、民謡好きの彼が行こうというなら、きっとトリオ、ロス、パンチョスみたいなので、気楽に体を揺すりながら聞いてりゃいいんだなと思い、行くことにした。
 さすが、トリオの演奏会だ、観客はみんなラフな服装だな、と思って舞台に目をやるとグランドピアノが目に入った。
 ハテナ?、トリオとピアノ、、、、と思っていると、拍手が起こり人品卑しからぬ風貌のレディーとダークスーツの男性二人がクラリネット、チェロを夫々手にして登場した。
 そうか、メキシコで「トリオ」と言えば、ソンプレロかぶった三人組のギターと思ったのは、勝手な思い込みだったのだと恥ずかしくなった。
 内心の動揺を隠してそっと青年の顔を伺うと、一点の翳りもない顔をして演奏に聞き入っている。

publico  おきまりのしつこいアンコールの拍手には一度だけ応えて、あとは質疑応答が始まった。
 さすが大学でのコンサートだと感心したが、質問を聞いて驚いた、曲名の中にアンダンテとか、アレグロとかあったのを、これはどういうことですか、、、ぐらいは音楽的な質問だったが、「お子さんは何人ですか、みんな音楽家ですか」とか「そのギターみたいな楽器はいくらぐらいするんですか」なんてのがある。
 尋ねる方もあっけらかんとしているが、答える方も苦々し気な顔どころか、苦笑すら見せずに答えている。
 日本の音楽会だと、観客は大なり小なり音楽の知識があり、今日演奏される曲はもう何度も聞いてそらんじており、今日は単に演奏の「質」を確認に行くだけ、、、みたいなとこがあって、こんな質問するなんて恥ずかしくって出来ない雰囲気があるんじゃなかろうか。
 会場を出る客は皆とても満足気であった。 私も周りを気にすることなく鑑賞に集中でき満足だった。
 連れていってくれた青年が別れ際にポツリと「ギターのトリオだと思ってた」と呟いたので「俺も」って顔を見合わせて大笑いした。

jazz_panorama  こんな肩の凝らないコンサートならまた来たいなと思っていたら、数ヶ月してジャズコンサートの招待が来た。
 ちょうどこの町のフェスティバル期間中で、その催し物の一環ということだった。
 ジャズコンサートの会場が文化会館というのもしっくり来なかったが、何よりも開始時間が午後7時からとあるのがイメージ出来なかった。
 午後7時といっても、サマータイムの7時だから未だ陽はかなり高い。
 フェスティバル期間中の常で、駐車場探しに一汗かいて定刻ギリギリに会場に着いた。
 文化会館という名前と、教えてくれた場所からして、日本でいうところのジャズコンサートとはかなり雰囲気が違うところだなとは、覚悟して来た。
 だが会場に入ると、驚くというか嬉しくなってしまった。 そこはコロニアル風建築のパティオ(中庭)で、バンドがマリアッチのものだったら、ぴったりのところだった。
 でもそう感じたのは、きっと日本人の私だけだったろう、他の客には何の違和感もないみたいで、顔つきも前回のコンサートよりはずっとそれらしく、拍手や口笛のタイミングもどうに入っていた。
 勿論メキシコの総てのコンサートがこんな風ではなく、TPOにこだわる日本風のコンサートもあるに違いない。
 でも、それ一辺倒ではないことが私には嬉しい。

余談:
 メキシコの人達は総じて音楽上手で楽器を奏でる人は日本よりはるかに多いし、歌も上手に歌う。
 ところが不思議なことが二つある:
 一つはカラオケが下手なことで、歌詞をそらんじている一番は実に上手に歌っていた人が、二番以降画面の詞を追いはじめたとたんに調子が外れることが結構多い。
 二つ目は、例えば、ゴルフしながら歌を口ずさむ人は居ても、口笛でメロディーを吹く人が殆どといっていいくらい居ない。
 いろんな人に何故かと聞いたが、納得行く返事は未だ聞いてない。
 一つだけ、そういうこともあるかなと思われる答えは「私達にはメロディーより、歌詞の方が大事なんだ」というのである。
 この言葉で思い当たるのは、例えはおかしいかも知れないが、日本の浪曲だ。
 浪曲は人情話し等を節をつけて語るもので、ストーリーを知らなければ一節だって吟ずることが出来ない。
 メキシコの人達も、メロディーと歌詞は一体のものであって、歌詞がなければ、メロディーが思い浮かばないし、ましてメロディーだけを口笛で吹くのは難しいのかも知れない。




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