♪♪Si nos dejan お許しいただけるなら♪♪
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 戦後の日本ほど階層のない社会はなく、かってのソ連邦、中国等の共産主義国家以上であるといわれるのは、ここメキシコで暮らしてみると実感として分かる。
 勿論、今世紀初頭の革命によって成立したこの社会主義国では、たてまえは四民平等である。
 しかし例えば、ゴルフをしている日本人を見ると「彼等は何処の
階層社会


 当地に来る日本人の多くも、このへんの事情は耳で聞いてくるが、真には理解するのは難しい、あるいは敢て理解しようとしない。  正義感に燃えて悲憤こう慨するのもよいが、まずは階層社会の実体の一端なりと知らないと、この国の指導階層を侮辱したり、自らのドンキホーテぶりを嘲笑われたり、悪用されることになりかねない。
会社の株主か」ときかれることが多い、「いや彼等は従業員だ」と答えると「そうか、じゃあ役員だな」とくる、こうなると「いや彼等は工場建設の応援に来ている現場指導者だ」と敢て否定する元気がなくなる。
 つまりゴルフは「使う側」の人間のゲームであり、「使われる側」の人間のすることではないのである。
 当地にやってくる日本人の多くは、治安上の理由から、高級住宅街に住む。
 だが意識として自分はハイソサエティーの人間だと考える人はまず居ない。
 そして、一億総中流の日本から来たのだから無理からぬところではあるが、自分とつきあってくれる人は自分と同じ階層の人だと思いがちである。
 だが、逆に階層社会のこちらの人にしてみれば、高級住宅街に住むからには上流階層の人間と思うのが普通のところであろう。
 だから、女中や庭師を雇わず自ら車を洗い、玄関先の枯れ葉は舞うにまかせる日本人の隣人を外人と言うよりは異人としてみることになってしまう。
 ここの人達と本当の付き合いをするには、経済力だけが階層をはかる物差ではないことを理解する必要があろう。
 とりあえずここでは、階層社会がいかにして守られていくかかを、富裕層の子供達の一日を通して御紹介しよう。

carros  富める人々の一日は子弟を学校へ送り届けることから始まる。
 「のどかな南国」のイメージに反して、メキシコの朝は早い、工場は7時から始まるところも多いし、学校はおおかたが8時からだ。
 私立の学校の門前はこの時間一時的に渋滞となる、車をとめて子供を校門で待ち受ける先生のところまでつれて行く人も多いからである。
 この時は、二重三重の駐車がまかり通るところもある、メキシコシティーで初めてこれに遭遇した筆者は交通渋滞だと思い、数分間車列の後尾にとまっていたことがある。
 乗ってくる車は、子供が多かったり当番制で近所の子供も拾うことがある為、ミニバンが多い、ミニバンはハイソサイエティーのステータスシンボルでもある。
 富める人々の家庭の子供達は、中学生くらいまでは、消しゴムひとつ買いに行くにも親の運転する車で出かけ、公共の交通機関を使うことはまずないと言っていい。  子供の安全確保のためだと彼等は言うし確かに誘拐事件は(写真右に続く) escuela (写真左から続く)多い。 だが私にはそれだけではないように思われる。 「世間の風に当る」と言う言葉は日本では肯定的な響きがあるが、ここの富裕層には全く無意味で不必要なことである。
 社会の仕組みがそうなっているのだ。
 小学生ぐらいの子供がゴルフや、テニスで同年代のキャディーや、ボールボーイを顎で使うのを見ると、なるほどと納得せざるを得ない。
 メキシコの学校の施設は大学は別として、高校まではどこも驚く程小さく、校庭で野球ができるようなところは稀である。
 これは金持ち相手の私立といえども例外ではない。個人経営のところが多い所為かも知れない。
 公立との際立った差異は、高い塀で囲われて外部としっかり隔絶されていることだろう。 (写真右に続く)
cumbre (写真左から続く)  万事開けっぴろげなこちらの社会には、とおりから黒板の字が読める公立の方が雰囲気にあっており、私立には閉鎖的な雰囲気を感じる。
 午後2時ぐらいになると、学校へは再び親が迎えにくる。彼等が帰っていく先は、富裕層だけで作る住宅街で、多くは住宅街全体が高い塀で囲われており、出入りは厳重にチェックされる。  そうでない住宅街でも、各家が3〜5メートル程度の高い塀で囲われており、中を伺い知ることは出来ない。  庭園付き高級レストランやスポーツクラブ等も高い塀で囲われている。
 塀、塀、塀、観光ガイドには出てこないが、塀はメキシコ社会を象徴する存在だ。中でももっとも高いのは、目に見えない「階層の壁」だ。  この住宅街の中は9ホールのゴルフ場を中心に、約500世帯が住んでおり、専用の教会もある。  各家庭で働く家政婦や、庭師達がどんな心境でこの中に入ってくるのかと心をいためるのは、我々が階層というものを知らないからなのだろう。
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 子供達は、道路でローラースケートやバギーを乗りまわしたりして遊ぶのもいるが、多くは敷地内のカントリークラブへ出かけていく。  カントリークラブには、ゴルフ、テニス、フロントテニス、水泳、太極拳、アエロビクス等の教室が用意されている。
 学校が終わると、個人的なイベントがない限り夕飯までの時間をここで過ごす子供が多い、宿題のある子供達は図書室で友達と一緒になって勉強することもある。
 やがて仕事を終えた父親がクラブにやってくる、彼等は仕事で汗を流すような階層ではないが、ともかくサウナやその他の揃ったバスルームでリフレッシュする為である。
 父親達がバーで一杯やるのを待って、手芸やお喋りに花を咲かせていた母親とともに一家揃って家路につく。
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 かくして、富裕階層の子供達は庶民階層と接触せず、従って理解することもなく、この国の次世代の担い手として育っていくのである。
 異なった社会で育った我々が、とやかくいうのは適当でないだろう、だがこういう社会もあるということは知っておいていいのではなかろうか。