♪♪Jalisco ハリスコ(テキーラで有名な州)♪♪
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市  Mercado  場

externo
 メキシコの市場の歴史は古い。コルテスが主都に入城した500年前、当時(ヘンリー八世時代)のロンドンの5倍の人口を擁する都市の市場には、あらゆるものが取り引きされており、ローマやコンスタンチノーブルにも行ったことのあるスペイン兵士をして「この市場が世界で一番大きい」と言わしめている。 出典:Micael D Coe 「メキシコ]
interno
 スーパーには売り手が居ない、客は棚から物を取り、金を払って出てくる、ただそれだけだ。
 だが市場には生きた人間がいる、売り手と買い手と立場は違っても皆今日明日を生きようという共通の目的がある。
だからそこには連帯感がある、人と人とのコミュニケーションがある。




 大きなトラックに混ざって老人と孫の少年がロバに売り荷を引かせてやってくる。  母と少女が幼い妹を売り荷の上に乗せて手押し車でやってくる。
 トラックの大量の積み荷を見ていると、やがては彼等の姿も見られなくなるのだろうかと心細くなる。
 いろんなことが遅ればせながら効率化、近代化されていくのを見るにつけ、メキシコよお前もか、何故急ぐのかと言いたくなる。

 色鮮やかな野菜にも果物にも打ち傷がある、粒も揃ってない。
 だが、そんなことは評価の対象ではなく、客の関心は「いつが食べ頃か」だけだ、神の下される物はそれが当たり前だからだ。
 日本のトマトでは忘れられて久しいアオクサイ味と薫りに接する都度、戦後の食糧難時代、我が家の家庭菜園で採れた太陽に熱せられたトマトの記憶が蘇る。

 市場の中にはあちこちにレストランがある、荷を運び終えた人、店の準備が一段落した人、買い出しに来た近隣の住民達が一緒になって食事を楽しむ。  食べるという本能的行為を通じて、売り手も買い手も同じ社会で生きていることを確認しあっているようにも見える。
 音楽付きの食事は高級レストランの専売ではない、社会に階層はあっても食事の楽しみ方に階層はない。
burro verduleria musica