メキシコの地下鉄は1,968年メキシコ・オリンピックの年に開通した。
その4年前、日本では東京オリンピックが開かれ、東名高速道路が開通した。
時の権力者と言うものはどうして、こう同じ発想をするのだろうか。
だが、その後、メキシコと日本の歩んだ道は対照的であった。
当時のメキシコは、為替で見る限り日本より豊かであった、すなわち1ドルが360円の時代に、1ドル12ぺソぐらいだったのだ。
東京オリンピックを見に日本へ行ったメキシコの人々が、日本は物が安いと言って、段ボール箱を山のように抱えて帰って来たという話は、今も語り種になっている。
当時の地下鉄料金は、1ペソ、つまり30円だった。 当時の日本の物価と比較しても、まあリーゾナブルな値段と言える。
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地下鉄 Metro
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そして、今も全線1区で1ペソ50センタボだ。 数字の上では、50%しか値上がりしていないように見えるが、ここにはメキシコの歩んだ苦い軌跡が隠されている。
オリンピックが終った4年後、新たな油田が発見され石油ブームが巻き起こり、78年から81年迄、GDP 8~9%台の高度成長を続けるが、1,982年石油価格の暴落により一転して大借金国に転落する。
その後も、インフレは天文学的に増大し、93年には1,000ペソを1ペソと呼び替えることになった。 だから今の1ペソ50センタボは、昔で言えば、なんと1,500ぺソなのだ。
だが、この間も地下鉄の路線拡張は取り止めになることなく進められ、現在では11路線、200Kmに達し、一日390万人を運んでいる。
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