♪♪Gavota ガボット(ダンスの一種)♪♪
<BGSOUND SRC="../sound/gavota.mid" width=80 height=18 autostart=true repeat=true loop=true border=0>
templo 異 教 catedral
 ふとしたことから、メキシコに天理教会があり、私の町にもメキシコ人の教徒が居ることを知った。
 仏事と神事をごちゃ混ぜにして育った私には、ここのカソリック社会は磐石で他の宗派が入り込む余地がある等とは考えたこともなかった。
 だから、若い天理教日本人伝道師の人の「困っている人が居れば、どこの国の人であれ助けてあげるのです」と言う言葉が新鮮に響いた。
 世界有数のカソリック王国メキシコでの異教の布教には、信仰心の薄い私でも「へー」ではすまされない何かを感じさせられた。
メキシコシティーにある天理教会
この町のカテドラル

 お断りしておくが、私は漠然と神、仏の存在は信じるが宗派的には白紙である、天理教についても、それが仏教ではなく、神道であると言うことすら知らなかった。

abanico  天理教は、お祈りをする時に、踊る。
 歌と踊りは人々の心を束縛から解き放つ効果があることは、ロックコンサートの若者達を見れば分る。
 邪念を払い神に少しでも近付く為に踊ったのは、古代メキシコの人々だけではなかっただろう。
 スペイン語もキリスト教も旧大陸から来た、だがラテンのリズムは古代の人々の血を受継ぐこの地で生まれた。
 だから、舞いながら祈る天理教には惹かれるところがあるかもしれない、ただ、その舞いはルンバやサンバに較べ余りにも控えめだ。
danzante
(メキシコ人信徒の家庭での儀式)
(古代メキシコ人の踊り)

 記憶は全くはっきりしない、何処でだったか子供の頃、時折、街頭で神父と思われる外国人が人々に呼び掛けているのを聞いたことがある。
 外国人を見ることすら珍しい町だったから、話の内容よりは、なまりのある彼の日本語の方が面白く、人の輪から抜け出しては、仲間と笑いながら口真似をしたものだった。
 外国で布教すると言うことは、言葉の障害を考えただけでも容易なことではない。

letras  ことは個人の語学能力の問題だけではない。  舞いはお祈りの言葉を動作で表すからスペイン語に翻訳するのが難しいのだ。  不謹慎ながら、炭坑節を例に説明しよう。 「月があ〜、出た出えたあ〜」というところは、スペイン語では主語を動詞に先行させると、太陽でも星でもなくって月が出たんだ、と月が強調され過ぎるが、まあこのままの語順で訳せばいいだろう。  だが、続いては「出たあ〜、上にい、三池炭坑お〜の」の順に訳さなければならず、従って舞いの振りも変えなければならないのだ。
 だから、詞の方は日本語のままローマ字表記してあるのだが、フルコース舞うと一時間以上もかかるのを、垂れ幕を見ながらとはいえ、覚えさせるのは容易なことではない。
coreografia

materiales  勿論、教えの解説などその他の教材はスペイン語に翻訳されているし、子供向けに綺麗な絵本すらある。
 だが、門外漢の私なんぞがこだわっても致し方ないが、踊りを通じて教えを、頭ではなく、体で覚える行為というのは、もっとも大事な部分の筈だ、そこが日本語だというのは、いかにも解せない。
 多くの日系企業が進出先で、なんとかラジオ体操を定着させようとしたが旨く行かず、エアロビクスを取り入れて本来の主旨を達成したところが多いと聞く。  ラジオ体操と比較したりして叱られそうだが、ここは日本ではないのだ、いっそサルサのリズムにのせたスペイン語にしてはどうだろう。


emigrantes  布教と言葉の問題から、日本人移民の子孫達の話を聞いた。
 1,897年日本からの最初の移民35名がアカプルコに上陸し、さらに南の貧しいチアパス州に入植した。 ブラジル移民に先立つこと11年と言うから、おそらく米大陸への初の移民ではなかったろうか。 その名を「榎本移民」という。 函館戦争に敗れた榎本武楊は、明治新政府の外務大臣に納まっていたが、北海道で果たせなかった夢を彼等に託したのであろうか。 移民達はコーヒー栽培をすべくやって来たのだが、知識と準備の不足に加えて不運も重なり、入植は失敗に終る。 だが失敗したからとて日本に帰れるという時代ではなかったのだろう。 流れ流れて現在3、4世達がカンペチェ州の幾つかの寒村に居るという。  彼等は名前に日本名を残してはいるものの、既に日本語を理解せず、おそらく入植失敗の無念さすら風化してしまっていることだろう。
 この写真は天理教会から頂いたものだが、入植失敗等という暗いイメージは全くなくほっとさせられる。

 そしていま、天理教会は彼等に日本語を教えている。
 なんとも不思議な巡り合わせと言うのだろうか。
 イスラム教の5世紀に亘る征服からスペインを取り戻したばかりのキリスト教が、500年前この地にやって来た。
 当時この地はナワトル語など部族ごとの言葉を持っていたが、まさに銃と十字架でもってスペイン語とキリスト教をこの地のものにしてしまう。
 そして、彼等に遅れること400年で、榎本移民がやって来る。 チアパス州というのは今でもメキシコで最も貧しい州のひとつである。 そこで移民に用意される土地がどんなところか想像に難くない。 そんなところですら、彼等が溶け込んでいった先はスペイン語とキリスト教の世界だったのだ。
 若し、このまま更に何世代かが過ぎれば、彼等の先祖が日本人だったということは、我々大和民族の祖先が大陸の騎馬民族だったというのと何程の違いの意味を持つであろうか。
 そんな彼等に日本語を教えずにはいられない天理教には、宗教の持つ情熱というか、俗人にははかりしれない何かを感じずにはいられない。