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君が居なくて

プロローグ
メキシコに来た日本の観光者がまず受ける印象は「貧しい国」ということだろう。
しかし、少し腰を落ち着けて辺りを見回すと、僅かでは有るが富める人々も居るということに気がつく。
そして、余りにも大きい貧しさと豊かさの落差にカルチャーショックを受ける。
多くの日本人は貧しい人々に心を寄せ、富める人々に非難のまなざしを浴びせる。
だが、図式はそんなに単純だろうか。
この国もロシアに先駆けた革命を経験し、今日にいたる迄社会主義政権が続いているという歴史が有る。
世界中で富の遍在を非難する人々は自ら革命を起こしたり、そのシンパとなった。
だが、ひと度富を手にした人々で、それを貧しい人々と分かち合おうとする人々は殆ど居なかった。
それがホモサピエンスの性(さが)というものなのではないだろうか。
貧しい人も人間、富める人も人間、ただそれだけなのだ。


塀の中のもう一つのメキシコ

pared 塀はメキシコの文化だと言う人がいる。
人通りが殆ど無くなる街なかの、時折高級車が通り過ぎる辺りに多い。
金持ち達の住宅街だ。
塀は必ずしも立派なものとは限らず、通りも土埃が舞ったりしている。
だが一歩その塀の中へ入ると、外とは全く違う世界が有るのだ。
かつて、この塀の中の住人達が集まる高級レストランに、
日本から観光に来た友人を案内したことが有る。
いみじくも彼が私に問うたものである、彼等は皆メキシコ人かと。

 塀は一軒ずつを囲っているものばかりではなく、一群の家を一括して囲ったコンドミニオと呼ばれるものや、ゴルフ場とそのコースの間に配した住宅群全体を囲ったもの等が有る。
 いずれにせよ、観光コースにそって歩く外国人には塀の中側を伺い知ることはとても難しい。
 私がその中を多少とも垣間見ることが出来たのは、テニスクラブで塀の中の人々とつきあうことが出来たからであった。


「塀の中」目次
テニスクラブ  ・トニーのこと  ・血  ・ラストエンペラー