テニスクラブ
メキシコには、非常に数は少ないが、パブリックのテニスコートも有るには有る。 だが、それらは単なるスポーツ施設であり、塀の中の人々は、そういうところへは行かない。
テニスをするだけなら、そういうところでいい筈だが、彼等の目的はそうではなく、同じ塀の中の仲間達との交際、つまりクラブライフの一環なのだ。
生まれ落ちた時から塀の中で育って来た彼等には、塀の外は外国にも等しい全く別の世界で、必要に迫られるとき以外はできるだけ塀の中で生活しようとする。
だから、かなり小さな町でもクラブと言うものが有る。 規模はゴルフコースが有るものから、クラブハウスとテニスコート、プール程度のもの迄様々だ。
私が知っているこの手のテニスクラブは十指をちょっとこえる程度でしかないが、クエルナバカのこのクラブはトップクラスだと思う。
ランキングプレーヤーがコーチをしている訳ではないし、デビスカップ等のビッグイベントが行われる訳でもない。
なのに、私がこのクラブのメンバーだと言うと、相手の目が羨望の色に変わるのだ。
どこの金持ち社会にも、新興の人々が居るものだが、彼等は彼等なりに、彼等を受け入れてくれるとことそうでないところを嗅ぎ分けることが出来る。
他の町から移って来たりして、この町のこの社会に知人がいなかったりする人々もそうだ。
そういう人々で、このクラブに近付こうとする人は少ない、つまり代々受け継がれて来た自分達だけの社会がここにはあるのだ。
週日の朝のクラブの駐車場は、週末より多いくらいの車で埋まる。 子供を学校に送り届けた人々がやってくるのだ。
皆が皆テニスをする訳ではない。 敷地の中を走ったり、ジムで筋トレをしたり、単にサウナやジャクジに入るだけの人もいる。
一汗流した人々は、遅い人は10時頃その日の仕事に向かう。
週末のコートサイドのテラスでは朝食のサービスが有り、コートの仲間のプレーを冷やかしながら卵料理をつついたり、コーヒーやフルーツジュースだけとりながら新聞を読むだけの人など、様々だ。
朝食とは言っても12時近く迄サービスが有り、遅くなるとギターの弾き語り等も有る。
家族揃って来ていた人々は、食事が済むと思い思いにクラブの敷地の中に散っていく。
広大な敷地は樹々と芝でおおわれ、数棟ではあるが山小屋風の宿泊設備も有る。
青々とした芝生で幼い子供達が走り回ったり、ボール遊びに歓声をあげている脇では、インディアンローレルの木陰で、若い両親達が肩を寄せあったりしている。
また、プールサイドでは、子供達を泳がせながら甲羅干しをしたり、トロピカルカクテルで咽を潤すセニョーラ達もいる。
クラブハウスにはバスルームの他、夜だけ営業のレストラン、パーティー用広間、読書室などが、中庭を取り巻く回廊ぞいに有る。
抜けるような青空と明るい太陽の下で思い思いに時間を過ごした人々も、午後1時を回ると潮が引くようにいなくなる。
遅いこの国の昼食の為に自宅に引き揚げていくのだ。
近代化の波で週日は難しくなった家族揃っての2時、3時から始まる昼食は、家族にとって何よりも大事な行事なのだ。
私がこのクラブのメンバーになれたのは全くの幸運に過ぎないのだが、努めて彼等の中に溶け込もうと努力したおかげで、友人の輪はある程度広がった。
しかし、体に染み付いたものというのは有るもので、なかなか、いやいまだに、馴染めないことが有る。
その一つはバスルームでの習慣で、文字どおり一糸まとわぬむくつけき男どもが、前を隠そうともせずロッカールームを闊歩するのはおろか、湯当たりしたのかベンチの上にそのままの格好で仰向けに寝ていたり、一角に有るバーのカウンターではタオルも敷かず腰を落ち着け、ばか話に花を咲かせていることだ。
もうひとつは、テニスをプレーする時につくボールボーイで、私等はネットに球を引っ掛けたりすると、パブロフの犬よろしく条件反射的に駆け出し、ボールボーイと鉢合わせしてしまうのだ。
だがここの人たちは自分で球を拾おうとしないのはもとより、中にはミスした怒りに任せて、ボールボーイが拾いに来た球を蹴飛ばしたりするのが居るのだ。
それもボールボーイ達と同年代の子供がやったりするのを見ると、この国には、その子がいつか反省する時代が来るのだろうかと暗い気持ちにさせられてしまう。