♪♪Granada グラナダ♪♪
(地名)

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egyptピラミッド Piramides

china
 ブランド志向の強い日本ではピラミッドと言えばエジプトだ。 中国にもピラミッドが有ることを知って驚く人も、ともに古代文明発祥の地だから中国になら有ってもおかしくないと納得するだろう。 だが、これも私に言わせればブランド志向だ。
 年代的にはかなり新しく紀元前後頃ではあるが、メキシコ古代人もピラミッドを築いた。
 お互いに交流がなかったであろう新旧大陸に、同じ権力の象徴が有るというのは、ホモサピエンスの性(さが)を見せられるようで面白い。
エジプトのピラミッド
中国のピラミッド


・・・・・テオティゥアカン Teotihuaca'n・・・・・
luna メキシコ最大のピラミッドはCholulaに有る。 底辺の一辺が400mあり、エジプトのクフ王のそれが230mであることからその巨大さが知れよう。 ただし余りの巨大さゆえに復元が困難なためか、現在では小高い丘に見え、頂上にカソリックの教会迄建てられている。
 復元が進んでいるものの中で最大のものは、メキシコシティーに近いこともあって、よく知られているテオティゥアカンの太陽のピラミッドで底辺224m、高さ65mある。 だが、姿形はカップルで造られた月のピラミッド(写真)の方がよい。 高さは45mと、やや小振りである。
 メキシコのピラミッドは、宗教的な儀式の祭壇として造られたものが殆どで、エジプトのそれのように墳墓として造られ多くの財宝が埋蔵されていることは滅多にない。
 そして、祭壇の頂上に造られていたであろう社殿は、木造・茅葺きだったとかで、当然ながら現存するものはない。

・・・・・チチェンイッツァ Chiche'n Itza'・・・・・
chichenitza テオティゥアカンもそうであるが、ピラミッドの周辺は都市を形成していることが多く、その規模と復元のよさで知られているのが、リゾート地カンクンに近いチチェンイッツァだ。 そこのククルカンのピラミッドはその姿形から、この地に初めてやって来たスペイン人達が城(カスティージョ)と呼んだ。
 だが、特徴は姿が壮麗なだけではない。 ここの住人達が天文・暦に通じていたことを物語っているのだ。 例えば、9層からなるピラミッドの段は、春分の日に、北階段の側壁に天から下る蛇の形の陰を投影し、階段下の蛇の頭につながる。 また、四面に有る階段は、それぞれ91段からなり、頂上とあわせると1年の日数365になる。
 ここの支配者達は、天文を観測することによって得る知識で、例えば農耕に関するタイムリーな指示を出す等で民衆の畏敬を得る必要が有ったのであろう、立派な天体観測所も有る。
 また、メキシコのピラミッドの多くは、支配者が代替わりすると、これまでのピラミッドに被せるようにして更に大きなピラミッドを築き権力を誇示するという、これまた旧大陸の権力者と同じ発想を持っていた。 このククルカンピラミッドも、新旧ピラミッドの間に設けられたトンネル状の階段を上って行くと、旧ピラミッドの頂上に飾られた翡翠の目玉の入った朱色のジャガー像を見ることができる。

・・・・・パレンケ Palenque・・・・・
palenque 私はかつて、グアテマラとの国境沿いに有るボナムパックという遺跡を訪ねたことが有る。 現在は先住民族解放戦線ゲリラの拠点となっていて観光客は近付けないが、いずれにしても陸路はなく軽飛行機で飛んだ。  辺りは一面の熱帯雨林の海だが、あちらこちらに古代建造物が顔をのぞかせ、まこと神秘的な眺めであった。
 当時からジャングルの中に造られたのか、廃虚となってから樹海に飲み込まれたのかは分からないが、大規模な都市型遺跡と対照的に緑の中にひっそりと佇むピラミッドも多い。
 このパレンケのピラミッドもその一つだ。 1,773年密林の中で偶然発見されるや、ポンペイ遺跡発掘のパトロンでもあったスペインのカルロス三世が調査団を派遣し、中米古代史研究の幕開けとなったことで知られる。 更に極め付けは、1,952年地下に通じる階段が見つかり、そこに石棺に収まった男性のミイラが発見された。 ミイラは緑色の硬玉石で造られたモザイクのマスクを被っており、新大陸のピラミッドは墳墓ではないと言う通説を覆した。


inscripcion
 これらのピラミッドを築いた人々は、漢字のようにカンムリ、ヘン、ツクリからなる象形文字(石碑の右上角に並ぶ11個の絵文字)を持ち、点と棒とで数字を表し、驚くべきことにインドとほぼ同時期にゼロの概念を持っていた。
 更に言えば、彼等は太陽暦の一年を365日とすると発生する端数も知っていたが、それは現代天文学のそれと一万分の二日しか違わなかった。 そして、端数によって生じる誤差を、グレゴリー暦が4年に一度の閏年で調節するようになるかなり以前から修正していた。
 その彼等が、旧大陸からの侵略者によって滅ぼされたと誤解している人が多いが、スペイン人達がやって来た頃には既に、多くの部族が滅亡への坂道を駆け下りつつあった。
 彼等に何が起こったのか、何ゆえに壮大な遺跡を放棄したのか、放棄した後どこへ行ったのか、多くの謎は未だに解明されていない。
 ピラミッドを眺めるとき、古代の人々の求めた夢の壮大さにうたれるが、彼等がどんな人間であったのかに思いを馳せるのは更に大きなロマンを与えてくれる。
 ピラミッドの謎は解明されて欲しいが、一方で謎のままであって欲しいとも思う。