必要は発明の母と言う。 だが多くの発明は一旦考案者の考えた「必要」を満たすと、一人歩きを始める。 テレビの発明者は誰なのか寡聞にして知らないが、今日の使われ方を予知していただろうか。 私はニュース、ドキュメンタリー、スポーツ番組以外は殆どテレビを見ないので、テレビを語る資格はない。 それでも、テレビが、大衆(愚衆と言った方が適切かも知れないが)娯楽の道具と成り果てているのは分かる。 そして、それは日本でもメキシコでも同じなのだ。
大衆と言うものに国境がないことの証左なのかも知れない。
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テレビ Televisio'n
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1,997年の統計によれば、メキシコのテレビ局は600局をこえている。
加えて、今や衛星テレビ時代で、金さえ払えばアメリカのおびただしい数の局の放送が見られる。 私の住む町(州都、人口60万)でも一般局が8チャンネル有るが、1局を除いてはどれもこれも、似たような番組を流している。 そして驚くことは、お互いが似ているだけでなく、日本の民放各局ともひどく似ているのだ。 私が日本に居る頃、よくもまあ各局はいろんな番組を考え付くものだと、半ば呆れていたものだが、それがそっくりこちらにも有るのだ。
以下にそれを御紹介しよう。
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